これを書いているのは七月。夏本番の八月を前に、すでに連日の猛暑が続いている。ここ、南紀熊野でも六月から夏日が目立っていた。
ただ、熊野に引っ越してきて思うのは、予想していたほどには暑くないということだ。もちろん、暑いのは暑い。以前住んでいた町より、ずっと南に位置しているので、それなりの覚悟はしていた。
ところが、夏の全国の最高気温を見ていると、もっと北にある都心部や盆地のほうが、2〜3度高いこともある。南に行くほど暑くなるものと思っていたが、実際にはそうとは限らないようだ。
都心へ出かけると、明らかに熊野よりも暑く感じる。アスファルトやビルの照り返し、エアコンや車の排気が、街全体に熱をまとわせているのだろう。風が吹いても、熱を帯びていて、まるで砂漠にいるような気分になる。
その点、熊野では木陰に入ると風が涼しく、寝苦しい夜も少ない。夜の気温が都心より2〜3度低いこともある。豊かな自然が、熱をうまく逃がしてくれているのだろう。

もっとも、熊野の夏には厄介さもある。気を抜くと、家のあちこちにカビが生える。体感としては、今まで暮らしてきた地域と比べて、特別湿度が高いとは感じない。
ただ、周囲には田園が広がり、海も遠くはない。そんな環境が、湿気をこもらせる一因かもしれない。
久しぶりに履こうと下駄箱から取り出した革靴や、夏のあいだ被らなかった帽子の裏側に、白く粉を吹いたようなカビが浮いていたのには驚かされた。そんな初年度の反省から、通気と手入れは欠かさないようになった。
湿気との付き合いには、多少の手間がかかる。それでもなお、熊野の夏は気に入っている。
熊野の夏は、空も山も海も川も、すべてが鮮やかだ。色が濃く、輪郭がくっきりと浮かぶ。景色全体に強いコントラストが宿り、まさに田舎の夏という風情がある。その風景を毎日味わえることが、何よりの贅沢だと感じている。
八月になると、学生は夏休みに入り、お盆も重なって、どこも混み合う。ホテル代も高くなる。北海道ですら気温は高く、避暑地と呼べるような場所は、もはや限られている。そうした場所には、人が押し寄せているだろう。
だから、八月はあまり出かける気にならない。遠くへ行かずとも、この熊野の夏に身を置いているだけでいい。静かで、私にとっての贅沢な日常が、ここにはある。
