若い頃からファッションは好きだが、サスペンダーとは無縁の生活を送っていた。もしかすると、人生で一度も着用したことがなかったかもしれない。
サスペンダーの印象といえば、お腹が出てベルトを締められなくなったオジサンがズボンを釣るための道具、もしくは古めかしいファッションアイテム、というものだった。
そんな私が、いまではサスペンダーをとても気に入っている。テーラーメイドのトラウザーズを履くときは、たいていサスペンダーを着けている。
クリップ式のサスペンダーは、外れやすい。やはり、ボタンで留めるほうがよい。トラウザーズをオーダーする際は、必ずサスペンダー用のボタンを付けてもらっている。見栄えも、ボタンで釣ったほうがクラシックな雰囲気があり、しっくりくる。

私は痩せ型なので、ベルトを締められない体型ではない。そもそも、ウエストに合わせて仕立てているため、ベルトなしでもずり落ちることはない。ゆえに、ベルトループも付けていない。
ならば、サスペンダーを着ける必要もないのではないか。そう思う方もいるだろう。だが、実際に着用してみてわかったのは、サスペンダーは単にズボンを釣るためのアイテムではないということだ。
テーラーメイドのトラウザーズは、当然、私の股下に合わせて仕立てている。しかし、それでも裾と靴の間隔を、しっくりくるように調整するのは難しい。
ベルトなしでも腰から落ちることはないとはいえ、歩いていれば少しは下がってくる。食後や、日々のわずかな体重の増減でも、ウエストは微妙に変わる。すると、裾と靴の間隔もずれてくる。
私は、これが気になるのだ。
スーツを含め、トラウザーズの裾と靴の距離は、ワンクッション、ハーフクッション、ノークッションのいずれかで仕立てるのが一般的とされている。
私の好みは、靴に少しかかる程度のハーフクッションか、ギリギリかからないノークッションだ。ワンクッションは、正面から見ると裾がよれて見え、どうも好きになれない。
やはり、ハーフクッションかノークッションの方が、エレガントに見える気がする。だからこそ、この位置を安定して保ちたい。


サスペンダーは、その要望を満たしてくれる。ミリ単位で長さを調整できるからだ。一度、気に入った位置に合わせてしまえば、歩いても下がらず、ウエストが多少変わっても、裾の位置は変わらない。
実に、機能的で優れたアイテムである。加えて、サスペンダーを着けていると、自然と背筋が伸びる。服に見合う姿勢を律するように、サスペンダーが要求してくるかのようだ。
こうして、その存在すら忘れかけていたサスペンダーを、いまは愛用している。
もっとも、誰がズボンの裾の微妙な位置など見ているのか、という話ではある。だが、こういう細部へのこだわりにこそ、男の美学は宿るのだ。