カクテルバーへ通うようになったのは、いつからだったか。最初はクラフトビールにハマり、ビアバーに通っていた。三十代前半の頃だ。それからほどなくして、カクテルバーにも足を運ぶようになった。
その後、ワインに傾倒し、何年かのあいだカクテルバーからは遠ざかっていた。だが、十年ほどワインを飲み続けるうちに、味覚が鍛えられたのか、カクテルの多様な味わいも、以前より深く楽しめるようになっていた。
いまでは、旅先ではほとんど例外なくカクテルバーへ立ち寄る。いわゆる「オーセンティックバー」と呼ばれる店にも行くが、ただ格式や静けさを求めているわけではない。酒と真摯に向き合っているかどうか、それが店選びの基準だ。

バーへ行く前には、必ず身なりを整える。ワイシャツにテーラードジャケット。できればネクタイも締める。ドレスコードはなくとも、自分のためにそうしている。
たいていバーテンダーはドレスシャツにベストを着ている。店内も、酒を味わうための雰囲気づくりがなされている。そんな場にラフな格好で訪れるのは、どうにも気が引ける。
最初の一杯は、フレッシュカクテルを頼むことが多い。その土地の旬の果物を使った一杯に出会えることもあり、それも旅の楽しみの一つだ。飛騨高山と長野では桃、山形ではぶどうを使ったカクテルをいただいたのを覚えている。
それ以外のカクテルは、そのときどきで自分の中で流行っているものを選ぶ。何がそれになるかは、たいていマスターとのやりとりで決まる。
宮崎のあるバーで、ハイボールを頼むと、マスターがバーボンのハイボールをすすめてくれた。バーボンは若い頃によくロックで飲んでいたが、ハイボールにするのは初めてだった。
飲んでみると、バーボンの甘みと香ばしさが絶妙に立ち上がり、意外なほど旨かった。それからしばらくは、バーボンのハイボールばかり飲んでいた時期がある。

和歌山の店では、マスターとテキーラの話をした。自分にはあまり馴染みのない酒だったが、流れでマルガリータを頼んだ。このカクテルを飲むのは久しぶりだった。
スッキリとした柑橘とテキーラの風味が心地よく、こんなに自分の好みに合う味だっただろうか、と驚いた。それからというもの、あちこちのバーで飲み比べるようになった。なかでも京都のとある店で出されたマルガリータは、うなるほどに旨かった。
カクテルは種類が多いだけでなく、店ごとに味わいも異なる。これでは飽きようがない。
旅をするようになる前は、馴染みの店ばかりに通っていた。それはそれで落ち着くものだったが、そうした店は、いつしか日常の一部になっていた。
対して、旅先のバーを巡ると、思いがけない刺激を受け、自分の趣味も広がる。最近シェリーを飲むようになったのも、ある旅先のバーでの一杯がきっかけだった。
店では静かに飲むこともあるが、マスターと話すことも多い。旅先では、その町の話を聞く。それが翌日の予定を決める参考にもなる。
ただ、馴れ馴れしくなりすぎないよう気をつけている。相手はプロのバーテンダーだ。敬意は忘れない。会うのは年に数回か、数年に一度。だからこそ、一期一会の気持ちを大切にしている。
私にとってバーは、旅先で落ち着いて酒を楽しむ場所だ。一杯をじっくり味わいながら、旅の時間に深みを加える。それが、私のバーの楽しみ方である。
と、格好良く締めたいところだが、おしゃべりが過ぎ、酔いつぶれてホテルに帰ることもある。そうならないよう、せめて自分で語った流儀くらいは守りたい。
