今、私はテーラーメイドの服を少しずつ揃えている。ジャケットは十年、二十年と着るつもりで仕立ててもらっている。始めたのは去年からだ。つい最近のことである。

テーラーメイドを意識しはじめたのは、もっと前からだった。しかし、満足のいくテーラーを見つけるのは難しく、一度はあきらめた。

十年以上前のことだ。量販店でパターンオーダーを試した。パターンオーダーの定義は曖昧だが、量販店の多くが採用しているのは、JIS規格によるY体やA体といった体型区分からパターンを選び、丈を調整する方式である。

量販店で二店舗、パターンオーダーを試したが、どちらも満足のいく仕上がりではなかった。手を伸ばすと突っ張り、腕を曲げれば胸まわりに不自然なシワが走る。

着丈や袖丈は合っているのに、動いたときの着心地に違和感がある。加えて、シルエットにも野暮ったさがあった。

正直なところ、量販店のパターンオーダーよりも、セレクトショップの既製品のほうが、着心地もシルエットも良かった。ならば、個人や小規模のテーラーのほうが、良い仕立てができるのではないか。そう考えて、テーラーを探すことにした。

だが当時は、まだGoogleマップの口コミは少なく、評判を頼りに店を探すのは難しかった。街を歩きながら見つけたテーラーのショーウィンドウを覗いてみたが、飾られていた服のシルエットはどれも野暮ったく見えた。

たとえ縫製技術が高くても、セレクトショップに並ぶようなスタイリッシュな服は作れないのではないか。寸胴で古めかしく、冴えないシルエットになってしまうのではないか。高い金を払ってまで、挑戦する価値があるだろうか。

その疑念を拭いきれず、結局、テーラー探しを断念した。既製品で十分だと自分に言い聞かせ、それを着続けた。

それから十年以上が過ぎた。Googleマップの口コミは充実し、検索すればテーラーの情報が数多く見つかるようになった。今なら、満足できる店を見つけられるかもしれない。そう思い、再び探しはじめた。

だが、簡単にはいかなかった。今は今で、情報が多すぎる。しかも量販店が検索対策を徹底していて、彼らのページが検索上位に並ぶ。

とはいえ、十年も経っている。量販店も改善されているかもしれないと期待し、SNSでスタッフの着用画像などを見てみたが、印象は変わらなかった。

中には、現役テーラーが量販店で仕立ててみたという「潜入調査」的な動画もあった。内容には触れないが、それを見て、量販店は選択肢から外すことにした。

Googleマップで都心を検索すると、テーラーがいくつもヒットする。ただ、口コミだけでは、そこが自分に合うかどうかは判断しづらい。完成品の写真を投稿している利用者は少なく、雰囲気もつかみにくかった。

それでも、当たりをつけて一軒のテーラーへ足を運んだ。選んだ基準は、店主が自分より若そうであること。一昔前の野暮ったい型にはまったシルエットにはならないだろうと期待したのだ。

結果として、野暮ったいとまでは言わないが、格好良いとも言えないものが仕上がった。だが、仕立て自体は良く、動きやすく、不自然なシワも出ない。量販店のパターンオーダーとは、まったくの別物だった。

テーラーを名乗る店の多くが採用しているのは、「メイドトゥメジャー」と呼ばれる方式だ。これはフルオーダーではなく、広義にはパターンオーダーの一種とされる。

メイドトゥメジャーでは、型紙をもとに、採寸に応じて柔軟に調整を加えるため、量販店の方式よりはるかに体に合った仕立てが可能になる。

※型紙とは、紳士服に限らず、服のシルエットを決定づける設計図のようなものである。テーラーメイドでは、この型紙をもとに、体型に合わせて各部位を調整していく。テーラーの仕事は、この調整の巧みさにかかっている。

フィット感が良くても、見た目として格好良いとは限らない。その理由は、あらかじめ分かっていた。この店に行く前に、別のテーラーのブログで読んだのだ。

そこにはこう書かれていた。「体に合っていることと、格好良いことは別だ。シルエットの美しさを決めるのは型紙である。型紙が良くなければ、どれだけ丁寧に仕立てても、見た目に満足することはできない」。

このブログを読んだとき、十数年前に私がテーラー探しを断念した理由は、あながち間違っていなかったと感じた。老舗のテーラーは仕立ての腕はあっても、現代的なシルエットは望めないのではないか。その疑念である。

そして今回の仕上がりも、まさに型紙の問題だろうと感じた。採寸や調整に特に問題はなかった。ベースとなっている型紙そのものが、私の好みに合っていなかったのだ。

別の日、もう一軒、目星をつけていたテーラーを訪ねた。通りすがりのように入店し、試着用のジャケット(ゲージ服)を羽織ってみた。驚いた。格好良い。これまで着てきたセレクトショップの服と同じような、洗練されたシルエットがそこにあった。

その店には、複数の型紙によるゲージ服が揃っており、いくつか試着するうちに、最初に着たものと、もう一つの型紙のジャケットを気に入った。

初回の失敗があったため、予約もせずにふらっと立ち寄っただけだったが、その場でジャケットをオーダーした。この店なら大丈夫だろうと感じた。

仕上がった一着目は、私の細身の体型を活かしたスタイリッシュなジャケットだった。二着目は、別の型紙で仕立てたもので、対照的に体型をうまくカバーし、男らしさを感じさせるデザイン。それでいて、寸胴な野暮ったさはない。

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この店をすっかり気に入り、以来、定期的に通っている。ベストやトラウザーズもオーダーしたが、どれも満足のいく仕上がりだった。

今回、あらためて得た教訓は、まずゲージ服を着て格好良いと思えるかどうか。それが、テーラー選びの第一の判断基準になるということだ。

「ご希望に応じて調整できます」――そう口にするのは、テーラーはもちろん、より柔軟性の低いはずの量販店のスタッフですら同じだ。だが、ベースとなる型紙の形は大きくは変えられない。調整には限界がある。

もちろん、採寸の技術も重要だが、これは仕上がってみるまで確かめようがない。

テーラー探しは、やはりハードルが高い。だが、私は二店舗目にして、良いテーラーに出会えた。これは、運が良いほうではないだろうか。もっとも、量販店での失敗も含めれば、四店舗目ということになるのだが。