初めて七里御浜を見たときの印象が、今も強く焼き付いている。
私は三重県北部の出身だが、南部へ足を運んだことはなかった。せいぜい伊勢や鳥羽までで、当時はそこを南部だと思い込んでいた。実際には、伊勢も鳥羽も三重県の中央部に過ぎず、本当の南部はさらに奥にある。そう知ったのは、実際に訪れるようになってからだった。
あるとき、三重県で生まれ育ちながら、行ったことのない土地がいかに多いかに気づいた。それを埋めるように、あちこち訪ね歩くようになった。40を過ぎて初めて、熊野市を訪れた。今から8年前のことだ。
熊野市駅に降り立ち、まず海を見ようと駅から東へ向かって歩いた。10分ほどで、七里御浜と呼ばれる海岸に出た。その時の光景は、忘れがたいものだった。
まず目を引いたのは、海岸が丸石で敷き詰められた砂利浜であること。しかもその海岸が、はるか南まで延々と続いている。こんな海は見たことがなかった。

後に知ったことだが、これは「砂礫海岸」と呼ばれる地形で、七里御浜は日本で最も長い砂礫海岸なのだという。その事を知ったのは、初めて熊野市を訪れた夜、ホテルの部屋で、ノートパソコンで検索したときだった。無知な私は、人工的に砂利で整備された浜かと思っていた。
実際には、山から転がり落ちた岩が川を下り、さらに海の波に揉まれて丸くなり、やがてこのような海岸を形づくるという。自然が長い時間をかけてつくり上げた、奇跡の浜だ。

今では南紀熊野を生活の拠点としているが、そのきっかけのひとつが、七里御浜との出会いだったように思う。特に、熊野市駅からまっすぐ進んで海に出るあたり——そこは七里御浜の北端にあたり、海岸の長大さを最も実感できる場所だ。毎年の熊野大花火大会も、このあたりがメイン会場になる。
天候によって、海の表情が大きく変わるのも魅力のひとつだ。気象条件が整うと、海は美しい濃淡を描く。真夏の日差しに照らされた水面がきらきらと輝き、ただそれだけで十分に夏を感じさせる。
もちろん、南国の白砂と透明な海を持つ宮古島には、見た目の美しさでは敵わない。ただ、七里御浜には、それとはまったく違う魅力があると私は思っている。何度眺めても飽きることがない。しかし、地元の人々にとっては見慣れた風景であり、特別な思い入れを抱いている人は案外少ないようだ。
賑わうのは、花火大会の夜と初日の出の朝ぐらいで、それ以外の日は週末でも人影はまばらだ。七里御浜を眺めながら、缶ビールを飲むことがあるが、そんな過ごし方をしているのは、自分ぐらいのものかもしれない。
