7月上旬、今年初めて蝉の鳴き声を聞いた。その瞬間、去年の夏が随分前のことのように感じられた。
一般には、歳を重ねるほど時間が過ぎるのを早く感じると言われる。しかも、変化の少ない田舎で暮らしていれば、その傾向はさらに強まりそうなものだ。しかし、私には逆のことが起きている。
一つには、一人旅をする機会が増えたことがあるだろう。私はあまり思い出に浸る方ではないが、各地で撮影した写真を見返すと、この一年でいろいろな街を巡ったことを思い出せる。思い出せる出来事が多いほど、一年は長く感じられる。
もう一つは、熊野で暮らすようになり、季節の移ろいを以前より強く感じるようになったことだ。夏になると田んぼは鮮やかな緑に染まり、やがて黄金色へと変わる。収穫が終われば再び土の景色になり、彼岸花が咲く頃には夏の終わりを実感する。
実際には、9月も残暑は続くし、10月上旬でも30度を超える日がある。都市部で暮らしていた頃は、気温を基準に季節を考えていたので、9月もまだ夏だと感じていた。
しかし、熊野では風景そのものが季節を教えてくれる。残暑は残暑であって、夏の残滓と捉えている。温暖化は進み、暑さは長く続くようになった。それでも、熊野へ来てから夏はむしろ短く感じるようになった。
私にとって夏は、梅雨明けから稲刈りが終わる8月下旬までの2ヶ月足らず。そのわずかな期間だけが、私の中の夏である。四季の一つと呼ぶには、夏はあまりにも短い。熊野へ来てから、夏は儚い季節になった。
今年の儚い夏も、しっかり味わいたい。

