ジャケットなどを定期的にテーラーメイドで仕立ててもらっている。ただし、一張羅や勝負服のようなものは仕立てないつもりでいる。

人によっては、せっかくオーダーするのだから勝負服を仕立てたいと思うかもしれない。しかし、特別な一着というのは、得てして箪笥の肥やしになりがちだ。私自身の過去を振り返ってもそうだったし、同じ経験をしている人も少なくないだろう。

特別な日は、頻度が少ないからこそ特別なのだ。必然的に、特別な一着の着用頻度も少なくなる。そうして箪笥の中で、半ば忘れられた存在となっていく。

華やかなパーティや儀礼的な場は、私の性分に合わない。誘いを受けても、適当な理由をつけて、辞退することが多い。そんな私にとって、めったに着ない正装をクローゼットに眠らせておく理由はない。

ビジネスの場もカジュアル化が進んでいる現代において、クラシックスタイルのジャケットを羽織っているだけで、十分にきちんとして見える。ノーネクタイでも良いし、ワイシャツの代わりにニットでも良いだろう。

服が好きな人にとって、それくらいは大きな負担ではないだろう。ならば、常にそのようにすれば良い。逆に、ドレッシーすぎると日常から浮いてしまい、「いつも頑張ってお洒落している人」のように見えてしまう。

高価な生地で仕立てると、汚したくない、摩耗させたくないと考えてしまい、洋服を守る意識が強くなりがちだ。そういう服は、だんだんと着るのが億劫になり、手に取らなくなっていくものだ。

そもそも生地は、価格と耐久性が比例するとは限らない。見栄えの良さと引き換えに、耐久性が高くない生地もある。そういう生地は、そもそも私の着こなしには合わない。

私は日常と特別というコントラストを作らないよう意識している。弛緩しすぎず、頑張りすぎない。そのような中庸な装いを日常に落とし込みたい。

だから、生地はスタンダードなラインナップから選び、高級感がありすぎるものは避ける。これが基本的なスタンスである。スタンダードといっても、テーラーで扱っている生地は多くの既製品よりも高品質だ。ドレッシーになりすぎないだけである。

完全無地の生地も選ばない。細かい柄があるほうが汚れは目立ちにくい。逆に柄が大きいと記号的になり、頑張りすぎた印象になるので避けている。

このような基準で仕立てたものは手に取りやすく、必然的に着る機会が増える。日常的に仕立ての良さを肌で味わえる。特別な日を待つことなく、日常の質を底上げできる。

生地の摩耗は、あまり気にしすぎない。もちろん着た後のブラッシングはするが、経年の変化も楽しむ。きちんと扱えば、ウールのジャケットは長く着られる。

テーラーで仕立てたのなら、直しも依頼できる。そうやって長く着る方が、特別な一着を仕立てて箪笥にしまっておくより、よほど健全だと思っている。

テーラーメイドに興味があるのなら、最初の一着は特別な一着ではなく、日常の一着を仕立ててみてはどうだろうか?